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『ニッポンの思想』のあとがきで触れた「201X年代=テン年代」ですが、ダサいとかゴロが悪いとか、一部であんまり評判がよろしくないみたいです。ええー?、いいじゃん笑! でも僕的には、この「テン年代」という呼称には少なくとも2つの含意を込めているのです。 ひとつは「転ー年代」。いろんな意味で転変の時代だ、ってことです。 そろそろ色々変わらざるを得ないと思うし、変わる兆しはすでに出て来ていると思うし、だったら思い切って変えましょうよ、てことです。 そしてもうひとつは「テンネン代=天然の時代」です。 下↓の鼎談や、まもなくやはりcinraにアップされる「吾妻橋ダンスクロシング」の鼎談の中でも喋ってますが、「ゼロ年代」はつまるところ、空気を読めたり、先読みができたりする人が利得を得たディケイドだったと思います。ポジショニングと情勢判断に基づくタクティクスばかりが効果を発揮した時代だった。 でも、そこで読まれていた「空気」や「先」とは、結局のところ現状追従の論理です。それは「世界」を「セカイ」に、「壇」を「ゲームボード」に、恣意的に縮減した上で、はじめて成立するものです。逆にいえば、広大無辺さや複雑怪奇さに堪えられない貧弱な想像力と脆弱な感性の持ち主が、自分たちが知っていることや興味があることの内側だけで勝負できて、あたかもそれが他の何にも増して重要なことであるかのように外部からも錯視させるシステムを作り上げることに奔走し、まんまとそれに成功した十年でもありました。 でも、それもそろそろ終わりです。 「テン年代」の「テンネン」は、単なる「天然」とは違います。 ある意味で、ものすごく物知りで、何もかもわかったうえで、なおかつ「ゼロ年代」的な矮小な党派性に与しないような、豪快(?)な言説の強度と、縦横無尽のアクション、プレイフルな例外性を兼ね備えた存在、そういうまったく新たな「天然」が、次のディケイドには(層として?)登場してくることを、僕は心から期待しています。 そんな気持ちを込めての「テン年代」なのです。
by ex-po
| 2009-08-29 12:43
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